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2004年08月26日

仕事

SH-Linuxセミナー講師。あまり笑いが取れなかった。まだまだ精進が足りない。(違)

io hackオフ会

今回も秋葉原のprontoでio hackのオフ会 が開催された。たぶん第3回目だとおもう。前回僕が参加したのは2003/2/4だったから、およそ1年半ぶりの再会だ。

おーっと怪しい集団発見!!すぐに分かる(^^)。今回も皆さん
ネタ披露
ということで怪しげなアイテムがちらほら。

prontoにはPCとビールが似合う。にぎやかにhacking談義が花咲く。

さすがiohackである。コンセントタップとドライバーは当然のように持参だ。とあるブツ(内緒)の開発の話で『これは
AKI80にS-OSを移植して
開発したんですよ』うおおお!いきなりのハイテンションが俺のハートを揺さぶる。

↑これは みかかMEのliving gate i。sh7709a搭載ということで当然ながら本来の使い方はしておらず
無線LANでシェルログイン可能
になっていた。さすがiohackである。これが心底欲しいと思った人は
東京ではココいるひとで全部
かもしれない。今この瞬間、この店がテロ攻撃にあったらしたらiohackは全滅だ。

自作OS作ったんですよ
という声に一同いろめきたつ。うおおすげぇ。FDからブートして最初からいきなり日本語表示だ。仮想メモリとタイマー割り込み、コンテキスト管理の基本プラットフォームができてる。なぜいまさら自作OSつくるんだ?なんて質問は愚問だ。きいてみればいい。きっと答えはこうだ。
そこにPCがあるから
別な机ではAVR 2313を使ったキット怪しげな登場。手に取ったhosobuchiさんが開口一番。あ、これはOLIMEXだな〜
ブルガリアの光沢だ

振り返りざまに目の前に差し出された携帯電話

!!!!!!!

一瞬血圧が180まで上昇
したのがわかった(だがしかし2秒で元に戻った。笑)。こういうネタも大好き。
そして極めつけが "人形遣い" うぃっちさん。満を持して登場

ロボワンのリングに立ったことがあるという"人形"

みな興味深々だ。
動画(8.6MByte)
すげ〜。ロボの実物初めて見た。
夜カフェ
でサーボの音をうならせながらムービングするその勇士は皆の感動を呼び起こさずにはいられなかった。いつの日か最強戦士になっていただきたい。俺にはできないから、応援したい気持ちでいっぱいだ。
かなり重量があるし
ベビーカーに乗せてくれば
という発言もあったが、「かわいぃ赤ちゃん」と覗き込んだそこに
ロボ
が座ってたらどぅかなぁという気もする。

いやぁ楽しかった。みんなパワフルだ〜とエネルギーをもらいました。おいらの1bitエンターテイメントもやっと人に見せれたし、皆さんのネタも充実していたし。六本木にsalsa踊りにいくよか充実した夜でした。地方で地味にやっていると落ち込んだりモチベーションが下がったりしますが、今夜は良い刺激を受けました。(若い人たち・・・の集まりじゃないんですけど不思議と若さを感じました。)

また次回もやりたいです。半年くらいでネタ仕込んどきます。

いちょう

酔い覚ましもかね秋葉原から神保町まで散歩しながら帰った。夏の終わりの風が吹き、気持ちの良い夜だ。

都会の路地には社会を支えるエネルギーが見える。隣の路地も、その隣の路地も、入って歩いてみたくなる。0時を過ぎているというのに、事務所の窓から明かりが漏れている。見上げれば坂の上の、はるか天井までそびえたつ東京ドームホテル。巨大なH社本社ビル。その坂の下に小さく居を構えるおそらく出版関係の会社かな。夜中までご苦労様です。北は壁面でさえぎられているけれど、南には広い空が見えるよ。神田神保町。漱石が100年前に歩いた時代から、変わらずずっと本の町だ。いや、もちろん変わってはいるんだろう。

ふとした通りの角に、小さなbarやcafeを見かける。以前はこんなに店があったっけ。高校生の頃は単に気が付かなかっただけかもしれない。神保町、小川町、懐かしいなぁ。天気が良い日曜に、水道橋から坂を降り、古本屋を巡り、楽器をさわり、スポーツ屋をぶらぶらして、ファストフードを片手に日比谷公園まで歩くのが、俺の定番コースだった。

東京に来るといつもいちょうが目に付く。

人工の太陽が、夏の夜もさんさんと降り注ぐ。そうか、東京の木はいちょうだったっけ。

色つく季節にはきっと黄金色の美しい並木道になるに違いない。酔い覚ましをしたせいで、体がアルコール不足を訴えてきた。アルコールを給油しながら明日の仕事に備えよう。明日は明日で盛りだくさんなはずだ。