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2005年12月15日

アネハ問題というが

連日のように報道されている耐震偽装事件。人事ではない。自分の家が心配なのではない。この手の手抜き・偽装は決して建築だけの問題ではないと思うからだ。建築設計は免許制度だ。仕事をするには一級建築士という国家免許が必要になる。人の生命財産を預かる職業だからそれも当然だ。ところが、プログラマーとして仕事をするために免許は不要だ。今日から私はプログラマーですと言うだけでプログラマーになれる。圧倒的な人手不足が原因で、経験の浅いプログラマーがどんどん現場に投入されている。仕事をしながら学べと言うが、教える側にも時間が無いし、新人プログラマのコードレビューすら間々ならぬ現場が増えているように思う。

システムが肥大化しコードは爆発的な量になり、すでに人間の脳で理解できる限界を超えているのだ。そうして、ATS(列車制御装置)が作動せず電車がカーブで横転したり、証券取引システムに連続して不具合が発生するという信じられない事故が起きた。建造物は目に見えて危険であるが、コンピュータシステムの設計ミス(手抜き)は目に見えないので気づかれずに世の中に蓄積されていく。どこの現場でも低コスト短納期が求められ、いつか取り返しのつかない事故を招くのではないかと危惧する。アネハの言い分ではないが、「開発見積りが高い」「試験なんてしなくていい」「とにかく早く安くしろ」そういう圧力に屈して?ろくにカバレッジもできていないプログラムコードが世の中に埋蔵されていく。

世の中はコンピュータプログラムで制御されている。家電もエレベータも車も自分の給与もすべてコンピュータ任せだ。コンピュータは間違いを犯さない。間違えは人間が、設計者が犯す。想像してみてほしい。自分が乗ったエレベータが、プログラムのミスで指定階に止まらず暴走して墜落したら。給与計算や退職金積み立てがプログラムのミスで誤って計算されていたら。携帯電話の画面が暴走するくらいなら許せる。しかしエレベータが墜落してから、不具合でした。では許されない。

そろそろ、プログラマーも免許制度にする必要があるのではないか。それで解決するわけではないが、野放しよりはましだ。事故が起こってからでは遅い。プログラマは人の命を預かっているのだ。

品質の低下

この10年で起こった世の中の変化を一番特徴付けているのはとにかく品質の低下だ。工業製品だけではなく、世の中のサービスの質は確実に低下している。コンビニで弁当を買えばレンジで爆発させるし、居酒屋のレジには店員がなかなか来ないし、携帯は暴走するし、タクシーの運転手は道を知らないし、

高度成長期の頃はこんなこと無かったはずだ。理由をつければ簡単で、デフレ、不況による低コスト化、プロじゃない人材の登用といったところか。しかしそれは原因のひとつであって、一番の原因は消費者にあると思う。消費者が「それで仕方が無い」と受け入れてしまっているのではないか。携帯電話が暴走する、仕方ないか。弁当が爆発する、仕方ないか。パソコンが壊れた、仕方ないか。消費者が低品質な製品やサービスを受け入れてしまうとそれがスタンダードになる。品質低下スパイラルだ。

それがスタンダードならば、世間の平均として受けれればいいんじゃないの?という考え方もあろう。しかし、そのまま進んでしまうとアジアの中でどんどん立ち遅れ、国際競争力の無い国になってしまうのではないかと危惧する。品質を高めるのは消費者の厳しい視線だ。消費者は常に厳しく商品やサービスを選ばなければならない。品質を上向きに戻すにはそれしか方法が無い。